
2025年7月20日の参議院選挙の結果を見て、私は言葉を失いました。国民民主党が17議席、参政党が14議席という大躍進。一方で、自民党39議席、公明党8議席と与党は過半数割れという歴史的大敗。この激変の裏には、合計17億回を超える「切り抜き動画」の存在がありました。
今回の選挙は、まさに「SNS選挙元年」と呼ぶべき転換点だったのではないでしょうか。しかし、この現象は民主主義の進化なのか、それとも危機の前兆なのか。政治とメディアの関係を長年見つめてきた一人として、感じたことを率直に書いてみたいと思います。
驚異的な数字が物語る「新しい選挙戦」の実態
まず、今回の選挙における各党のYouTube動画再生数を見てください。
- 参政党:約9億4000万回
- 自民党:約7億4000万回(ただし批判的内容が多数)
- れいわ新選組:約5億4000万回
- 国民民主党:約5億回
- 立憲民主党:明確な躍進なし
選挙期間中(7月3日~19日)の17日間で、YouTube関連動画の総再生数は17億4823万回を超えました。これらの数字を見て、私が最初に感じたのは「もはや選挙の主戦場は街頭でも新聞でもない」という現実でした。特に20代から40代の投票行動を決定づけたのは、スマートフォンで見る数十秒の「ショート動画」だったのです。

「切り抜き動画」という新たな政治メディアの誕生
従来のマスメディアを介さず、支持者や第三者が作る「切り抜き動画」が、今回の選挙の台風の目となりました。街頭演説の「おいしい部分」だけを抽出し、BGMと効果的な字幕を加えた動画は、まるで映画の予告編のような訴求力を持っていました。
実際、政党や候補者以外の「第三者」による動画が全体の92.4%を占め、そのうち「切り抜き系」動画が42.1%と圧倒的な割合を占めていました。これらの動画の中には、100万回再生を超えるものも多数存在し、その拡散力と注目度の高さが際立っていました。
勝者たちが実践した「3つの成功法則」
1. 5秒で伝わるキャッチフレーズの威力
国民民主党の「手取りを増やす」、参政党の「日本人ファースト」。これらのフレーズは、複雑な政策論など必要としませんでした。スクロールする指を止めさせる力、それだけで十分だったのです。
玉木雄一郎代表は「178万円の壁」という具体的な数字を繰り返し、街頭演説を展開しました。一方、参政党は「外国人優遇の是正」という感情に訴える主張で、特定層の心を掴みました。
2. 党首自らの「顔出し」ライブ配信戦略
両党の代表は、自ら最前線に立ってライブ配信を行いました。コメント欄との双方向のやり取りは、従来の一方通行な政治家のイメージを覆しました。「頑張って!」「その通り!」といったリアルタイムの反応が、視聴者に「参加している」感覚を与えたのです。
3. アルゴリズムを味方につける発信術
特に参政党は、議論を呼ぶような主張を意図的に発信し、SNSのアルゴリズムによる拡散を最大化しました。「炎上も注目のうち」という戦略は、倫理的な是非はともかく、効果的だったと言わざるを得ません。
国民民主党の政策転換 ~「適正化」への表現修正~
ここで、私が注目した変化について触れなければなりません。それは、国民民主党の外国人政策における表現の修正です。
2018年の移民政策提言(旧・国民民主党)
2018年10月、玉木代表は記者会見で「家族の帯同や同一労働同一賃金のしくみを総合的に整備する。欧米的な移民政策だ」と語り、外国人労働者の受け入れに前向きな姿勢を示していました。この旧国民民主党時代の共生重視の理念は、2020年9月に設立された新・国民民主党にも引き継がれ、設立時の基本理念として「共生」を掲げるとともに、「外国人労働力の影響が大きくなっている現状に正面から向き合い、必要な法制の整備を行う」方針を公式に採用していました。

2025年の政策表現
しかし、2025年の参院選では、当初「外国人に対する過度な優遇を見直す」としていた表現を、「排外主義的」との批判を受けて「外国人に対して適用される諸制度の運用の適正化を行う」と修正しました。
この修正は、移民支援団体からの抗議を受けたものですが、基本的な方向性は維持されました。この変化の背景には、参政党が「日本人ファースト」で支持を拡大する中、政策競争が起きていた側面があります。
既存政党が見落とした「3つの致命的な誤算」
誤算1:「若者は政治に関心がない」という思い込み
自民党や立憲民主党は、長年「若者の政治離れ」を嘆いてきました。しかし実際は、若者は政治に関心がないのではなく、既存の発信方法に関心がなかっただけだったのです。
縦型のショート動画で、BGM付きで、コメントで参加できる—そんな形なら、若者は積極的に政治コンテンツを消費し、拡散したのです。
誤算2:「批判を恐れる」官僚的体質
既存政党は、炎上を極度に恐れ、無難な発信に終始しました。その結果、SNSの海に埋没してしまいました。一方、国民民主党や参政党は、批判されることも計算に入れた上で、話題性のある発信を続けました。
誤算3:「政策の中身で勝負」という正論の罠
「政策をしっかり説明すれば理解してもらえる」—この考え方は正しいのですが、そもそも長い政策文書を読んでもらえない現実を直視できませんでした。

SNS選挙がもたらす民主主義への影響
光の側面:確かに存在する進化
SNS選挙には、否定できないポジティブな側面があります。
アクセシビリティの革命的向上
これまで政治家の生の声を聞く機会など、ほとんどなかった人々が、いつでもどこでも政治家の主張に触れられるようになりました。
双方向コミュニケーションの実現
一方的な演説ではなく、コメント欄での対話が可能になりました。政治家も有権者の生の反応を即座に知ることができます。
政治への心理的距離の短縮
堅苦しい政治が、身近なエンターテインメントの一部として消費されるようになりました。
影の側面:深刻化する民主主義の危機
しかし、懸念すべき側面も無視できません。
政策の過度な単純化
複雑な社会問題を5秒のキャッチフレーズに落とし込むことで、本質的な議論が失われています。「手取りを増やす」は聞こえはいいですが、財源はどうするのか、副作用はないのか、そういった議論はどこかに消えてしまいました。
エコーチェンバー現象による社会の分断
SNSのアルゴリズムは、ユーザーの興味に合わせて似たような内容ばかりを表示します。結果として、自分と同じ意見ばかりを見聞きし、異なる意見との接触が減少。社会の分断が深まっています。
感情に訴える主張の拡散
事実関係の検証よりも、感情的な共感を得やすい主張が拡散されやすくなっています。これは、冷静な政策議論を妨げ、社会の対立を煽る危険性があります。
実現可能性を問わないポピュリズム
「できること」より「ウケること」が優先される傾向が強まっています。
私たちにできること ~新しい民主主義の担い手として~
政治家への提言
既存政党は、今すぐにでも以下の改革に着手すべきです。
1. 「分かりやすさ」と「深さ」の両立を目指す
ショート動画で関心を引き、そこから詳細な解説動画へ、さらに政策文書へと段階的に誘導する仕組みを作る。エンターテインメント性を否定せず、しかし中身も充実させる。
2. 若手議員の積極的な起用
SNSネイティブ世代の若手議員に、もっと発信の機会を与える。党首だけでなく、多様な「顔」を作ることで、幅広い層にアプローチできます。
3. 「失敗を恐れない」文化の醸成
炎上を学習機会と捉え、批判も含めて対話を続ける姿勢が必要です。完璧を求めすぎて無個性になるより、人間味のある発信を心がけるべきでしょう。
有権者としての私たちの責任
一方、私たち有権者にも責任があります。
メディアリテラシー2.0の必要性
- 再生数が多い=正しい、ではないという認識
- 「なぜこの動画が自分に表示されるのか」を考える習慣
- 複数の情報源から判断する努力
- キャッチフレーズの裏にある政策の実現可能性を検証する姿勢
感情ではなく理性で判断する勇気
「日本人ファースト」「手取りを増やす」—確かに心地よい響きです。しかし、その先にある社会はどんなものでしょうか。短期的な利益と長期的な影響を、冷静に考える必要があります。

おわりに ~2025参院選が残した宿題~
2025年の参院選は、確実に日本の政治史に残る選挙となりました。SNSという新しい武器を手にした新興勢力が、既存の政治秩序を揺るがしたのです。
石破首相は選挙後も続投を表明していますが、党内からは退陣圧力が強まっており、政権の先行きは不透明な状況です。こうした政治的混乱の中でも、私たちは冷静に事実を見極め、建設的な議論を続けていく必要があります。
技術の進化は止められません。SNSが政治の主戦場となることも、もはや避けられない現実でしょう。問題は、この新しいツールをいかに民主主義の深化に活かすかです。
感情的なスローガンに流されず、しかし新しいコミュニケーション手段を否定せず、より良い民主主義を築いていく—それが、2025参院選が私たちに突きつけた大きな宿題です。
次の選挙では、どんな景色が広がっているでしょうか。願わくば、「分かりやすくて、かつ中身もある」政治議論が、SNS上で活発に交わされていることを期待したいと思います。そのためには、政治家も有権者も、そしてプラットフォーム企業も、それぞれが責任を持って行動することが必要です。
民主主義は、完成されたシステムではありません。常に更新され、改善されていくべきものです。2025参院選は、その更新作業の必要性を、これ以上ないほど明確に示したのではないでしょうか。
