自民党が6月9日、総務会で「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」を了承しました。日本の国旗を傷つけたり燃やしたりする行為に刑罰を科す、いわゆる国旗損壊罪です。維新の会との調整を経て、今国会での成立を目指す段取りになっています。
「国の象徴を侮辱するなど許せない」と、罰する方向へ当然のように進んでいます。ただ、この法案は何を罰しようとしているのかを、しっかり確認しておきたいところです。
前提として、いまの日本では、自分で買った国旗をハサミで切ろうが燃やそうが罪に問われません。法律の抜け穴ではなく、「自分の持ち物をどう扱うかはその人の自由」という所有権の当たり前が働いているだけです。他人の国旗を壊せば器物損壊罪になりますが、それは「他人の物」だからで、国旗だからではありません。
今回の法案が踏み込むのは、まさにこの「自分の物を自分で処分する自由」です。自分の所有物をどう扱うかという領域に、国家が刑罰をもって立ち入る構図になっています。対象は「自ら公然と」「人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法」で損壊・汚損する行為。自分で買った日の丸でも、人前で燃やせば罰せられ、その様子を撮影してSNSに投稿する行為も対象に含まれる、という設計になっています。
国旗を傷つけたり汚したりする行為は、たいてい物を壊したいのではなく、国の政策や体制、ときには差別や排外主義への抗議という「メッセージ」です。自分の国旗を損壊・汚損しただけで罪に問われ、警察の取り締まりの対象になる。これは表現の自由(憲法21条)と正面からぶつかり、批判そのものを萎縮させます。違憲の可能性が繰り返し論じられてきたのは、このためです。
国旗損壊罪をめぐっては、街頭演説で抗議のために×印のついた日の丸が掲げられたことを理由に、参政党が先に単独で法案を提出していました。抗議を受けた側が、その抗議の手段を罰する側に回っている、という経緯です。そして法案は、何を「著しく不快」と見るかを、取り締まる側が外形的・客観的に判定する建て付けになっています。動機が特定の抗議への反発にあり、線引きが運用の判断で動く——この二つが重なれば、条文に書かれた範囲が、そのまま実際の処罰範囲になるとは限りません。
推進派からは「外国の国旗を守る法律はあるのに、自国の国旗を守る法律がないのは不公平だ」という声があります。たしかに刑法92条には外国国章損壊罪があり、今回の法案も罰則(2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金)をこれに合わせています。
ただ、92条が守っているのは「国旗そのもの」ではなく「国交」です。外国政府の請求がなければ起訴できず、想定しているのは大使館前で他国の旗を侮辱するような外交トラブルの場面。日本人が自国の象徴をどう扱うかという話とは、守ろうとしているものがそもそも違います。罰則の数字だけ借りてきて「だから不公平」と並べるのは、理屈としてかなり無理があります。
そして、この法案のいちばんの問題は、保護法益を「国旗を大切に思う国民感情」と置いている点です。守るのは国家の安全でも他国との関係でもなく、人びとの感情だと明言している。「なんとなく不快だから罰する」という、本来であれば立法の理由にしにくいものが、そのまま条文の土台に据えられているわけです。
国旗が燃やされたりする映像が気持ちの良いものではないのは確かです。ですが、その不快感を立法の理由にした瞬間に、所有権と表現の自由が脆いものになっていきます。
国旗損壊罪は、国旗の扱いそのものよりも、「個人の権利を尊重する」というルールを、どこまで守り続けることができるかを問うているのです。









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